住職 プロフィール

1969年(昭和44年)生まれ。龍谷大学大学院仏教学科修士課程終了後、渡米。ハワイ開教師を3年間勤めて本土東海岸ボストンに移住。ボストン大学大学院神学校修士課程終了。専門は仏教倫理と臨床宗教。マサチューセッツ総合病院で臨床宗教師のトレーニングを受ける。その後、州内の総合病院で看護助手、臨床宗教師として勤める。米国在住10年後に帰化し米国国籍取得。主に東海岸(マサチューセッツ州、ニューヨーク州)で開教に勤める。渡米17年後、和歌山県の自坊で住職継承につき帰国。現在、淨願寺第15代目住職として勤める。所属学会は、「日本ホスピス・在宅ケア研究会」「臨床仏教研究所」「日本仏教社会福祉学会」「日本仏教看護・ビハーラ学会」「日本仏教心理学会」「日本死の臨床研究会」。

淨願寺 沿革

 

当寺刀禰家は、元は福井地方の豪族であったが、戦国時代の余波を受け、流浪していた。

初代・刀禰籐十朗宗矩は、大坪流馬術の極意を学び、大坂の陣長宗我部盛親の勧誘を受けて大坂城に入城したが、武運拙なく敗戦したので、6人の仲間を伴い、寛永の頃に国分荘(現・和歌山県紀の川市東国分)に流れ、剃髪して僧籍に入ったため助命され、ささやかな堂宇を営び、本願寺から浄光寺という寺号と阿弥陀如来の仏像を賜った。

後に江戸幕府5代将軍徳川綱吉の院号と合致することから改号を迫られ、宝永7年(1710年)8月に本願寺から淨願寺改号の指示を受け、現在に至る。文政年間(1818年 - 1829年)には庫裡を増築し、当寺の武家屋敷が現存している(淨願寺古文書の条参照)。刀禰家が淨願寺法脈を継承し、平成26年(2014年)4月現在は第15世釋法城が住職として護法信念堅固に精神道場を発展している。

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