ほとけの子って???

毎月一回開催されるベビーマッサージ。好評いただいており、お寺の本堂で輪になってお母さん方と赤ちゃんが集います。まず最初にお経を読んで、お焼香。お母さんに抱っこされながらほとけ様にご挨拶。お数珠(念珠)を手に持って両手を合わし、可愛いものです。手を合わしたらその後はお数珠を口に入れて噛む噛む。お数珠で遊ぶ赤ちゃん達。お経が終わり、お母さん方にほとけ様の話をシェアーします。 「ほとけの子は誰ですか? 仏教徒はみなさん私たち全員ほとけの子です。赤ちゃんも大人も。しかし、赤ちゃんがほとけの子と言われるのは大人とは少し違います。赤ちゃんが座っている姿をよく見てください。我々僧侶は赤ちゃんのどこを見ているかというと、<赤ちゃんの姿勢>なのです。赤ちゃんは座ると背筋がまっすぐに伸びていますね。足は前に手も前にそして背筋が伸びています。その姿をほとけの姿として我々僧侶は赤ちゃんを拝むのです。<ほとけ様を見せていただいたと。>だから赤ちゃんは大切なのです。しかし、どうですか? 成長していきますと背筋も曲がり、椅子に座っても背筋を曲げて足元も落ち着かないですね。そこから差ができてくるのです。座れる子供と座れない子供ができてくるのです。年を重ねてもほとけの子の姿でいてほしいですね。そして自分の命を閉じていく時には、横たわり後はほとけ様にこの命をお任せするしかないのです。ほとけの子は、ほとけへと成っていくのですね。坐禅をしながら命を閉じていくのが僧侶としての理想ではありますが、後はお任せです。ほとけの子として生まれて、ほとけに成っていく歓びを得るのです。感謝です。 赤ちゃんに手を合わせていける親に

赤ちゃんを子供を病気から守る

今回のトピックは、お坊さんパパがアメリカの病院で臨床宗教師の研修を受けていた時(2000年)、アメリカで唱え始めた「予防医学」(Preventive Midicine)が今日本でもよく言われるようになったこと。しかも日本では子供(赤ちゃん)の予防医学が急務だと産婦人科医から声も上がっている。 一般に言われる予防は、手洗い・うがい・予防接種が常識化してはいるが、赤ちゃんがそこかしこからウイルスをもらってきます。熱を出し、風邪を引く。ひどければ嘔吐も。小児科医ママに「どこでもらってくるんやろ?」と聞いても「人や物に接触しなくてもウイルスはどこにでもいるよ。」と。パパは赤ちゃんを見てて風邪の症状を「あそこへ行ったからや」とか「子供らのおもちゃを触ったからや」とか「咳き込んでる赤ちゃんに接触したからや」とか何かと理由付けする。そこでママは「子供は免疫力が乏しいから、ウイルスもらって免疫力を高めていかないとあかんのやで。」という。そりゃそうやわな。 けど、赤ちゃんの予防は考えられないのだろうか? 無知なパパは思う。母乳と母親の愛情!これに勝る予防はないでしょう。ママは、赤ちゃんが風邪をひくといつも「風邪やからね。いっぱいおっぱい飲んで治ってね。」と魔法みたいに母乳を差し出す。1歳を過ぎて卒乳を考えていても、これだけは仕方ないか。とほほ…、と頭を抱え込むパパ。 しかし、子供の病気も多岐にわたっている。発熱、、頭痛、目の充血、鼻水・鼻づまり、のどの痛み、咳(せき)、下痢・嘔吐、腹痛、耳の痛み、ひきつけ(けいれん)などの症状。また、呼吸器疾患・伝染性疾患・消化器疾患・慢性疾患などなど防ぎ

風邪からの発疹! なぬ??

先日、40℃近い高熱が出て、3日間熱が下がらず診察を受けた息子ですが、無事に3日目に熱が下がりホッとしていたところ、次は顔や体に発疹出現。ヒエー! 大変だ! なになに これは??? 麻疹のように見えるぞ。 そこで、小児科医ママさん 登場! 「ふむふむ… 高熱とその後の発疹で、突発性発疹ですな。保湿剤塗って様子みればいいよ。」 お坊さんパパは「大丈夫なん? 大丈夫なん?」と騒ぐ。小児科医ママさん、「多くの赤ちゃんがかかるのよ、この感染症は。発疹は治る過程やから大丈夫です。」とのこと。(*'▽'*)ホットして様子見。2、3日経過を見守る。自然と治っていったので一安心。

お盆の怖〜い話からの…安心する子供

先日、夏の子供会が開催されました。多くの子供達(保育園児から小学6年生)がお寺に集いました。まずは、お勤め(お参り)。お経を称えお焼香。それから私のお説法。次いで工作(提灯作り)、その後はビンゴゲーム! お昼はみんなでカレーを食べました。 朝の説法の中で「こわーいお話をします。」と言うと何人かの子供は「怖いよー」とか、泣き出す園児も出てきて私はしめしめと思い、話をし始めようとすると保護者の中には不快に思って(子供が泣いているので)いる人もいる。それもしめしめと。さあ、みんながいろんな思いで説法を聞き始めます。 先日、初盆のお参りをしました。そこに小学3年生の女の子と若いお母さんとお婆さんが一緒にお参りをされていました。お経を読み上げお説法です。皆さんの方を向いて話をしていますと、話の途中に急にお婆さんが「この孫、亡くなったおじいさんを見たのです。」とおっしゃる。「そうですか?  それで?」と話を伺うと、「亡くなった次の日に学校に行く途中、大きな道の交差点に差し掛かった時、交差点の先におじいさんが立ってて、待て!と孫に手をかざしたのです。おじいさんを見た孫は交差点手前で立ち止まり、すると車が孫の前を横切っていったのです。」と話してくれたのです。おじいさんが出てきたというそのお孫さんに、「おじいさん出てきてどんな気持ちやったかなあ? 怖かったかなあ?」と聞くと、お孫さんは「う〜うん。おじいさんは私を守ってくれた」というのです。「そうやなあ、おじいさんは私を心配して守ってくれたんやで。おじいさんは死んでも私のそばにずーっと生き続けて見守ってくれているんやで。」とお坊さんパパ。「今では

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