

お盆参り
コロナ禍のお盆を迎えて今年は例年と違ったお参りをしています。コロナが蔓延してきた春先からお寺の行事を全て中止しています。お盆参りは皆さんどうするのかなと思いましたが、檀家さんの95%がお参りしてほしいと言う依頼があり、8月に入ってからお盆参りをしています。今年は例年になくお盆入り前にお参りをしてほしいと言う方が殺到。前半でほとんどお参りを終えました。お盆を迎えてからはややゆとりがあります。 お盆の参り方にも変化があり、京都のお坊さん方は家にあげてもらえず家の外からお参りしているそうです。また、東京の築地本願寺ではリモート法要。需要も多いそうです。コロナ禍でお葬儀にも変化があります。家族葬が圧倒的に多いと言うこと。家族でも親戚さんを呼ばずに数人で執り行われることが多いです。直葬を避けてくれるだけでもほっとしますが。 ところで、お盆参りで思うところですが、檀家の皆さんにアンケート調査してみました。「お盆参りで一番大切にしていること?」それは、「時間です」と言うこと。職業別に分けて考えてみると、お坊さんほど時間にルーズな職業はないと思います。お盆の檀家

「死の教育」の必要性
先日、開催されました訪問看護協議会に講師として迎えられ、「臨床宗教師としての経験」をお話しさせていただきました。アメリカの病院やホームで看護の仕事(認定看護助手)と心のケア(臨床宗教師)に従事してまいりましたと挨拶させていただきました。今回お話しさせていただいたのが、「死の教育」についてです。欧米諸国では死の教育が子供の時からなされます。子供向けの本も多数。しかし、日本は死の教育をしないので死を遠ざけますよね。特に団塊の世代の方たちは日本の高度経済成長を支えてきたので死に対する考えや思いは今の老人方と比べると低い。先日、死の研究会(ビハーラ)の講演に参加しました。そのときに在宅専門医の講演を聞いて質問したのが、「2040年問題として在宅医療はいかなる問題を抱えていますか?」と尋ねたところ、「野垂れ死が多くなる」とおっしゃられました。いわゆる、孤独死・孤立死が多くなると言うのです。 今、急いで教育しないといけないのが「自分の死について学ぶ」と言うことです。仏教では死の教育が生、生きる意味について学ぶと説くからです。また、僧侶が人の「生死の問題」に今