September 1, 2019

先日、お昼にお邪魔した食事処。高校時代の京都の親友が営んでいる京料理屋さん。彼が2代目。東山の一等地でお店を構えている。お昼に満席。外国人の観光客も来られる。

彼(店主)とお店の営業時間が過ぎてお客様のいらっしゃらない時にお話をした。それが、彼が「食べログ」の方とやりとりをしていて、うちのお店も評価してもらおうと考えているということだった。

人の評価とは何だろうか? 評価によって改善したいという気持ちもわかるが、SNSでは信用できない。実を言えば私のお寺も評価1(星1つ)をつけられている。誰からかもわからない。なぜ星1なのかもわから...

夏になると水難事故が相次ぐ。連日、「どこそこの海や川で人が溺れて見つからない。」というニュースを耳にする。地元の河川「紀の川」でも先月15歳の少年が溺れた。まだその少年は見つかってはいない。地元住民は昔からの言い伝えで「紀の川では絶対に泳いだらあかん。足引っ張られる。」と聞かされている。溺れて浮いてきたことが一度もないと聞かされている。なので言い伝えを聞いている地元民は絶対に泳がない。
日常生活の中でも私たちは溺れる経験をする。それはお風呂である。私はこれまでお二人お風呂で亡くなった方を見送ってきた。浅いお風呂でさえも人は溺れるので...

朝目覚めて、何を思う。

目覚めの1分が大切だ:「今も生きている!」「限られたいのち、さてどう生きようか?」

「今日死ぬかもしれないぞ!」

「これでよし!」と思える今日を生きなければならない。

それはね、今日死ぬかもしれないから。死を通して生を生きることを心がける生き方を日本人はしてきた。以前はね。しかし、団塊の世代に生きる高齢者は「死なない」と思っている。若年世代の働き盛りの者もそうだ。死を避けようとする。

おじいさんおばあさん方をたくさん見送ってきたが、特に男性は死を忌み嫌う。「我々も死ななあかんしね。」と言うと、「わしは、まだ死なん!...

ママがどうして、赤ちゃん・子供を大切にすることができるのか?

「それは、お腹を痛めて産んだからだ」ということをよく耳にする。10月10日お腹に赤ちゃんとともに過ごして、母娘の別れの時が出産。出産後、赤ちゃんが無事にこの世に生まれてきて安心されるママ。

生まれてきてからは、ママは愛情を子に注いで見守り続ける。子育ての始まりである。親が初めて先生になる時である。

話は戻るが、ママの出産時のことである。陣痛から出産までの過程。それは壮絶である。なかには痛みもなく産むことができたと言うママもいるが、大抵は「痛み」苦しむ。

そこで、先...

「自己決定」という言葉を最近耳にする。選びである。人生は選びであるということなのか?
今の世の中、自分で決めていかなければならないことが多い。当然、周囲にも相談するかと思うが、最後に決めるのは自分自身である。その決定を周囲も認めなければならいようになっている。特に人生の終末期において終末期医療をどう受けるか本人の意向に沿うように「エンディングノート」などを書く人も増えてきている。

日本人は、自分で決められないことが多い。周囲のことに目が行き、どうしても全体に流される傾向にあるが、最近は西洋の「自己決定権」を真似るようにもなっている...

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