母が2年前に心筋梗塞で倒れてもう2年になる。当時、心肺停止を2度経験している母。私は母の死を覚悟した。

が、今は後遺症もなく日常生活を送っている。身体は歳とともに弱ってきてはいるのだろうが、まあ口が達者。長きにわたり坊守(お寺の裏方さん)として精進されてきた方だ。住職より多弁だ。

そんな坊守である母が、先日「私の葬儀はあなたに送って欲しい」というのである。「お母さんが望むお葬儀をしてあげるわな」と答えた。

私を産んでくれた母。お世話になった母。浄願寺を支えてくれた母。御門徒様と共に歩んでこられた母。母の遺言:「住職(導師)と門徒様だけでい...

法事での話である。初盆をお迎えになられたお宅にお参りさせていただいた。
息子様家族にお亡くなりになられたお父様の奥様(お母様)もお参りされた。皆様にご挨拶させていただき、お勤め。最初に念仏を称える。「なまんだーぶ、なまんだーぶ」(南無阿弥陀仏)と。


私が称えた念仏に応えるように奥様(お母様)も念仏を称えるのである。その声を聞いた時、この方は救われているなと思った。一声の念仏の中に奥様(お母様)が仏と向き合ってこられた人生が詰まっていると気付かされた。

お勤めが終わり、奥様に「大変失礼なことをお聞きすることかと思いますが、お母様は幼少の...

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