嘘つきは誰?

お坊さんパパ修行のために、時間をつくって法話・説法(仏様の話)を聞きに行く(聴聞)。

みなさん、ご存知の通り私お坊さんパパは浄土真宗本願寺派のお寺の住職であるが、宗派問わずご縁があれば聴聞行に出かける。ご縁を結んでくださった禅宗の老師のおかげで禅寺でもお世話になる。

先日京都西本願寺本山に行き、聴聞行をさせていただいたわけであるが、本願寺の布教師さんが読経後に御法話をなされた。そこでの話であるが、その布教師さんの説法はお釈迦様の「五戒」についてであった。その戒律の中で、「不妄語戒」がある。「嘘をついてはいけない」ということであるが、布教師さんはたとえ話で「イギリス人でどの職業が一番嘘をつく職業かご存知ですか?」と聞かれたので、私は「お坊さん(聖職者)!」と即答した。そうすると布教師さんが「私もそう思います。」とおっしゃったのである。実際はセールス業が答えらしいが、私はイギリス人であろうと日本人であろうとお坊さん(聖職者)ほど嘘つきはいないと思う。世間の人は騙されているということ。なので、お坊さんと答えたのだが、その布教師さんにはもっと気の利いた答え方をして欲しかったのが本音である。例えば、「嘘つきは私です!」とか「(真実に至らしめるための)嘘も方便です!」など。お坊さんとして「己の姿を省みることが本当にこの布教師さん、修行できているのか」と疑った。その布教師さんはまた「精進」についても話された。以前は昔はご命日(親鸞聖人の命日)には精進料理を食べていたと。(ちょうどその日はそのご命日である。)そして今は精進料理はほとんど食べないというのだ。

この布教師さんは、今日の御法座(説法)の後、同席していた友人らしい方と私服に着替えて会館ロビー横を隠れるようにして夜の街へと出かけて行った。堂々として出かけて、「これからお酒でも飲みに行きますよ。ご一緒にどうですか?」と、私に一言言って行けば大したお坊さんやなと思うのだが、逃げるようにして出かけて行ったのである。何か悪いこと嘘ついてることをしているのかとこちらが疑ってしまった。

お坊さんの修行は何か? 浄土真宗の修行(聴聞)は「話を聞いていても、響かない」とよく聞く。それは問題である! なぜか? 一人一人のお坊さんが問われなければならない。これからの時代はどこどこの檀家さん(家)である時代から一人一人(個人)がお坊さんを選ぶ時代なのだ。「このお坊さんになら(このいのち)お任せしたい。」と言われるようにならんと、お坊さんも「嘘坊主!」「クソ坊主!」と言われる時代になりますわな。(もう言われてますけど。)

最後に、お通夜・お葬式の席で参列者の方々が手を合わし頭を下げる姿をよく見る。その方々の思いは、「私のことを宜しくお願いします。」と言う表れなのである。お坊さんパパの責任が問われるところである。法を説く者として人を導いていかないと。なぜなら皆様お一人お一人の命をお預かりしているのだから。  合掌、

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