身近な人の死に際して

November 24, 2017

先月、80歳になる母親が急に倒れた。小児科医ママの助けもあり、病院に救急搬送。ママに状況を聞いたところ、心筋梗塞の疑いがあるということで、救急も専門病院へと向かった。私は、ご門徒様のお通夜式を執り行わなければならず、ママが子供と共に母に付き添った。私は法務(お通夜式)を終えて深夜に病院に駆けつけると、母は治療室のベットで横たわっていた。すぐに主治医が駆けつけてくださり現状を知らせてくれた。「非常に危険な状態なので家族さんを呼んでください。」という事であった。母の兄弟姉妹には現状をお伝えした。すぐに駆けつけてくださり、母を見守って下さった。私にできることは何か!? ただ母のそばにいるだけ。冷たくなった母の手を握り、片手で合掌し、お経を称えること(枕経)だけだった。その間、心肺停止が2度もあり、もうダメかと諦めもした。お浄土へ還って行くのだと。病気の原因がわからなかったので主治医も処置の施しようもなく、ただただ時間だけが過ぎていった。ようやく原因がわかり、カテーテルを通して一命を取り留めた。20人に1人の自覚症状のない心筋梗塞。もう数年前から心臓の左側の機能が低下していたようで、今はその他の部分で心臓が動いている状態。心臓を養う血管が一部詰まっていたが、カテーテルを通して無事開通。母は2日間眠っていた。意識も回復してからリハビリもスタート。入院生活1ヶ月で無事退院できて驚くほどの回復力。病院関係者も驚くほどであった。今はお寺に戻り療養中。とはいえ、半世紀に渡りお寺を裏から支えてきた身。早速お寺の仕事を80歳の高齢者が始めるので、こちらは今回の病気の件を詳しく説明して休むように諭しているが、なかなか聞かない。自分が大病したことの自覚がないのが困る。
またいつものように法務を始める。そして母はこう言う。
「私は今年から終活をし始めた。住職に伝えていくための準備をしているの。部屋をお寺を綺麗にしていくのもそう。でも、死ぬためにするのではないのよ。また、この世に帰って来るために綺麗にするの。一歩一歩浄土に向かっていくために毎日精進しているのと同時に後の者を導いていくためにね。まだまだ死んでられません。この世がいい。浄土は早い。」「私は地獄で先にお浄土に逝った人たちのお導きを得たのよ。見送って逝った人たちが綺麗な姿で浄土(一筋の光)から私を迎えにきてくださったの。その時、私にはまだしないといけないことがたくさんあるのでお還り下さいとお伝えして、みなさんお浄土へと還って行かれた。そして、私はお経の声が聞こえる中、目が覚めたの。(危篤中の臨死体験から)」「(危篤中の)2日間はぐっすり寝られた。こんな休養を頂いてありがたかった。」と。
ありがたい言葉である。残された、限られた命を大切にしてほしいものである。一日一日、一瞬一瞬が大切になる。母親と後どれだけ一緒に居られるのか? できるだけそばで見守りながら何か特別なことをせずにありのままの人生生活を送りたいものである。 親孝行しないとね。 合掌、

 

 

 

 

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