憎悪と愛

September 15, 2018

学生の頃、日本にいた時よく街行く人に「お声がけ」させていただきました。異性だけではなく同性にもだ。コミュニケーションを取るのが本当に好きなので、一人でどこへ行くにもよくお声かけさせていただいた。アメリカ生活でも同じで、一人でお店に入ればよく同席、相席させていただきお話を楽しんだ。カフェなどではよくいろんな人と話をした。日本に帰国しても変わらずにお声かけさせていただく。最近は会食の席で般若湯に般若泡をいただきながらお声かけする。逆に声をかけてくださるのが多いかも。作務衣を着て外出するとお坊さんとわかるので、興味のある方は声をかけてくださる。仕事で地方に行った時であるが、一人で食している方とお隣になった方がいらしたのでお声かけさせていただいた。「お一人ですか?」「そうなんです。」「お近くで?」「そうです。病院帰りです。」と言われた。「今日はね、テストしてるんです。」とおっしゃる。「テスト?」「そう」「わたし実は突発性難聴になったんです。」と。「ひと月前に急に。」「原因は?」「ストレスから」だそうだ。「夫が心臓病で入院して、そして地震にもあって大変だったんです。」と。「私の母も突発性難聴を患っています。歳は80歳でね。長らく患っています。」「そうですか? 私は78歳。お母様と近い歳ですね。」「私、最近ストレス抱えてこんな病気になって、。。。今まで病気したことないのに。。。昨日夫に別居したいって手紙を書いてテーブルの上に置いてきたの。」と言う。「別居?!」「本当ですか?」「そうよ。こんな私になったのは夫のせい。だからね。」「そうですかあ。」 そこで、食事が運ばれてきてその女性は食し完食してすぐに席を立って帰って行かれた。

 

「病気になったのは夫のせい。」「夫と別居したい」と言う女性。年取ってからの別居って、離婚に繋がらなければいいが。しかし、最近、老齢離婚が増えている。そして、死後は夫と同じ墓に入りたくないと言う女性が増えていると言われる。男と女の(夫婦)関係は難しいものである。我々にある自我(エゴ)が関係を難しくする。その自我とどう向き合うかによってその関係性を良いものに転換できる。

 

 

 

 

 

 

たとえ仲違いになったとしても、この絵のように、傘だけはかけてあげたい関係を築ければ年をとっても幸せで居れるのになと思うのである。LOVE&COMPASSIONである。この心を大切に育んでいきたいものだ。合掌、

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