人間変わるもの

お彼岸も終わり、桜の花が咲き始めましたね。 みなさん、いかがお過ごしですか?

今年のお彼岸もみなさんにお会いでき、共に彼岸参りさせていただいたことに感謝いたします。

あらためて、「人間変わろうと思えば変わるものだ」ということを悟らせていただいたお彼岸でした。

 

御門徒さんのお宅にお邪魔させていただいた。76歳のおじいさんが一人暮らしだ。6年前に脳梗塞で奥様を亡くされた方だ。急死された奥様。その後、ご主人さんも患い入院。退院後、49日法要も済ませ、お彼岸を迎えた。お彼岸参りでのこと。ご主人さんが「早く死にたい。嫁よ、早くわしを迎えに来てくれ。生きてても仕方がない。」と。ご主人さんのお子さんやお孫さんは、家を出て行ってしまい、一人暮らし。そして、初盆を迎えた。「早く死にたい。生きてても仕方がない。」との繰り返し。そして、秋のお彼岸。また、「死にたい」と。お参りの合間にも家庭訪問させていただいた。ご主人さんの話はいつも「死にたい」の言葉。

そこで、私はこのご主人さんの言葉を聴いていて、声をかけさせてもらった。それは私にとってご主人さんが私の言葉を受け入れてくれるかどうかの賭けである。


「お父さん、奥様の3回忌まで一つ頑張って欲しいことがあります。丸2年のことなのですが、3回忌が済んだら必ず人生上向きます! 死にたいという気持ちはなくなります。一つ私のいうことを聞いてくれませんか?」と。「それは、毎日朝晩のお参りです。朝起きて御仏飯炊いて仏壇の前に座って、今日も一日よろしくお願いしますと。そして、夜寝る前に今日も1日無事に過ごせたことに感謝します。ありがとうございました。南無阿弥陀仏。と声に出して言ってくれませんか。」「必ず人生変わります。お約束します。」とお伝えした。
ご主人さんが私の言ったことを実践しているかどうかはわからないが、人間必ず変わることを信じている私は、ご主人さんに賭けてみた。


6年後の今春のお彼岸。久しぶりにお会いしたご主人さん。お勤めの後、ご主人さんが話してくださった。「住職さん、お話があります。6年前に住職さんが言ってくださったこと。朝晩のお参り。私嫁の3回忌まで毎日仏壇の前に座って、言われたとおりお勤めました。3回忌が済んだあとも実は続けているのです。(ワオ!6年間続けているということなのか!?)」「6年間続けているのですか?」「そうです。一回も欠かすことなく。私、今では、座らなければお尻がむず痒いです。」と。「大したものです。6年間も座り続けていかがですか?」「はい、嫁が亡くなった頃は死にたい思いでいっぱいでした。しかし、座り続けて今では嫁に感謝しています。このいのちがあることに。勿体無い気持ちでいっぱいです。今では嫁にいつかそちらに行く時に会えるのを楽しみにしていると伝えています。」とこうおっしゃるではないか! 

 

私自身、ご主人さんがここまで変わるとは思いもよらなかった。世の人(私が会った浄土真宗の坊さん達)は言う。「人間ってそうは変わらん」と。私はそう思わない。人間変わろうと思えば変われる。そういう生き物だ。しかも良い方向に! それに、ご主人さんは先日身内の御葬儀があったそうだ。そこでの話であるが、久しぶりに会う親戚一同に「変わったなあ。姿みたら仏さんのようやなあ!」まで言われたそうだ。人が見てまでそう思う。不思議なものだ。 不可思議なものだ。仏様のお力は。我々人間のあり方を根本から変えていく。ありがたいものである。

合掌、

 

 

 

 

 

Share on Facebook
Please reload

特集記事

子供の「見て」に応える重要性

December 2, 2019

1/10
Please reload

最新記事

October 1, 2019

September 13, 2019

September 1, 2019

Please reload

アーカイブ