怖い! 自己が問われる

先日、毎月の恒例行事「お寺でベビーマッサージ」が開催された。その時に集まられたママさんたちの前でお話させていただいた。 アメリカから送られてきたSNSの写真である。2枚。1枚目は、母娘が道路を清掃している労働者を見て、お母さんが娘に「あなたね、しっかり勉強しなければこんなおじさん(清掃者)になるのよ!」と言う。2枚目の写真は1枚目の写真と同じで、お母さんが娘に「あなたね、しっかり勉強すればこのおじさん(清掃者)がもっと働きやすい環境を生み出すことができるのよ。」と娘に話す。 そこでベビマに参加されたお母さん方に、「そのような状況で我が子になんて教えますか?」と尋ねた。 「子供は純粋です。差別や偏見の目は持っていません。持っているのは全て大人です。親です。親が子供に偏見の目を植え付けるのです。皆さんは、子供にどう教えますか?」 と考えていただいた。そして、 「私には3歳になる子供がいます。今、子供が少しづつ言葉を発しています。怖いです。怖くて仕方がないです。子供がなんて喋るようになるのかと。子供は親の言葉、夫婦間のやり取り、言動を見聞きしています。自己が問われるので怖い。」 観ていただきたい送られてきた動画がある。英語ですが、3歳児の子供がしゃべっているのである。大半の動画を見た方アメリカ人の反応は、「かわいい」「面白い」とコメントしている。私は怖いと思った。3歳児だからキュートなのかもしれない。この子は、お父さんとお母さんとの会話でお父さんが喋っている喋り方をコピーしているのである。この子が大きくなって親にそんな態度で喋っていれば問題があるのではないかと思った。親をリスペクトしないようになる。動画では母親が真剣にその態度を改めようとしている。が、子供が自分の夫のコピーをしていることに気づいているのだろうか? 心配である。

純粋な子供は、親の言動で左右される。親は自覚しなければならない。仏の子供を授かった親として注意して自己をあらためなければならないと思ったのである。 合掌、

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