親友だからこそ

先日、お昼にお邪魔した食事処。高校時代の京都の親友が営んでいる京料理屋さん。彼が2代目。東山の一等地でお店を構えている。お昼に満席。外国人の観光客も来られる。 彼(店主)とお店の営業時間が過ぎてお客様のいらっしゃらない時にお話をした。それが、彼が「食べログ」の方とやりとりをしていて、うちのお店も評価してもらおうと考えているということだった。

人の評価とは何だろうか? 評価によって改善したいという気持ちもわかるが、SNSでは信用できない。実を言えば私のお寺も評価1(星1つ)をつけられている。誰からかもわからない。なぜ星1なのかもわからない。そういった中で、人の評価とは何を意味するのだろうか? しかも面を向かって言われていないSNS上で。

日本人は、面を向いて本当に人に自分の意思を伝えるのが苦手な民族だ。SNSを使用している時間が長いのが日本人が世界1位だそうだ。その場で言ってくれれば良いものを。言えないのである。悪いところがあれば改善するのだが。

彼(店主)は「食べログ」の評価を検討すると考え直した。人間物事に、評価に左右されがちではあるが、何が自分自身にとって大切なことなのか? 評価ではなく。 今、そしてこれから自分自身が向かうべき方向がどうあるべきなのかを誰からの評価を頼りにすることなく、まずは自分自身の今を大切にしたいものである。 合掌、

特集記事
最新記事
アーカイブ
タグから検索

© 2016 by 浄土真宗本願寺派 淨願寺

  • c-facebook