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みんなのお寺 淨願寺
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魂はどこにいますか?<お盆のお話>
お盆を迎えると、門徒さんからよくこう尋ねられます。 「魂はどこにいますか」 今日はこの問いについて、私なりに考えてきたことをお話ししたいと思います。 魂は自然に帰る 遠い昔、仏教が日本に伝わる以前から、日本人は死者の魂の行方についてある感覚を持っていました。人は死ぬと、魂は山へ帰る。あるいは川へ、海へ、森や花畑へと帰っていく。そう信じられてきました。 京都の夏の風物詩である「五山の送り火」も、この物語の延長線上にあります。お盆に家々へ迎えられたご先祖の魂は、送り火に導かれて、再び山へ、あの世へと帰っていく。京都市民にとって五山は、死者の魂が帰る場所であり、お盆になるとまたそこから我が家へ戻ってくる場所なのです。 そしてこれは、京都だけの特別な話ではありません。皆さんのご自宅で毎年焚かれる迎え火・送り火も、実は同じ物語の中にあります。おがらを焚いて、その火で道筋を照らし、ご先祖を家までお迎えする。送り火で「また来年」とお見送りする。五山の送り火を大きく引き伸ばせば、それはそのまま、それぞれのご家庭の玄関先の営みなのです。 日本人はこうして、死者が現
hojot2010
8月11日読了時間: 4分


空間デザインと臨床宗教──「内省」をめぐる対話
先日、2025年大阪・関西万博アメリカ館にて空間・体験デザイン部門のリードデザイナー兼アートディレクターを務められた川口恵理さんと、当寺にてお話しする機会をいただきました。 川口さんは約24年にわたりロサンゼルスで空間デザイナーとして活動され、現在は京都芸術大学大学院にて「内省を促す空間とは何か──龍安寺石庭を事例研究として」という研究に取り組んでおられます。ご縁の始まりは、お母様が新聞で当寺の紹介記事を見つけてくださったことでした。実家が当寺から歩いて行けるほど近くにあるという偶然も含め、不思議な巡り合わせを感じております。 空白がひらく内省、関わりがひらく内省 対話の出発点は、龍安寺石庭に代表される「空白の設計」でした。大きな余白と、何も語らないことによって、見る者の内側に内省を促す──これは空間デザインの世界における一つの到達点だと思います。 一方、私が身を置いてきた臨床宗教(チャプレン)の現場は、病院やホスピスという、常に人の生死が動いている場所です。そこでの内省は、静かに整えられた空間の中で起こるというよりも、対話や沈黙、そして人と人と
hojot2010
7月13日読了時間: 3分


2025年 春の法要・イベント
国登録有形文化財記念法要・花まつり法要・新入生を迎える会・お祝いの餅ほり
hojot2010
2025年4月18日読了時間: 1分
ハーバード大学医学部が発表!
ハーバード大学が、終末期医療にAIを使用すべきであるかどうかが議論されています。日本の終末期医療はまだまだここまで及ばないでしょう。 アメリカボストンのマサチューセッツ総合病院のチャプレンとして従事していた頃は「死の教育」について活発な意見・議論がなされていました。あれか...
hojot2010
2025年2月20日読了時間: 1分
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